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水戸地方裁判所 昭和57年(わ)385号 決定

主文

司法警察員作成の速度測定カード及び茨城県警察本部交通部交通機動隊作成の交通取締用車両速度計検査表の謄本を証拠として採用する。

理由

一  検察官は、司法警察員作成の速度測定カードを刑事訴訟法三二一条三項に基づき、茨城県警察本部交通部交通機動隊作成の交通取締用車両速度計検査表の謄本を同法三二三条二号ないしは三号に基きそれぞれ取調請求をし、一方、弁護人においては、「本件速度測定カードは、司法警察員が法令に違反する行為をして得た結果を記載したもので、本件公訴事実立証のための証拠能力を欠いているのみならず、右速度測定カードは刑事訴訟法三二一条三項にいう『検証の結果を記載した書面』には該らない、また、本件検査表(謄本)は、同法三二三条二号ないし三号の書面に該当しないから、これらの書面を証拠として採用することには異議がある」旨主張する。

二  速度測定カードについて

1  既に取調済みの関係各証拠によれば、本件速度測定カード作成の経緯として次のような事実が認められる。すなわち、茨城県警察本部交通部交通機動隊所属の警察官である佐藤松雄、荒井崇昭の両名は、昭和五六年六月二六日午後七時五九分ころ、茨城県水戸市城東五丁目一六番三二号付近の国道六号線(通称水戸バイパス)路上において、同隊所属の警察用自動車(水戸三三さ二〇三六号、いわゆる覆面パトカー)に乗車(佐藤松雄が運転、荒井崇昭が助手席に同乗)して交通取締りに従事中、目測により右道路の指定最高速度である五〇キロメートル毎時を超える速度で走行していると思われる車両(被告人運転の普通乗用自動車品川五七も八三一号)を現認し、直ちにこれを追跡、同車の後方約二〇メートルに追いついた後、その間隔を保ちつつ追尾を続け、双方車両の速度が安定するのを待って速度測定を開始し、被告人車との車間距離を約二〇メートルに保持したまま約二〇〇メートルの間追従走行し、この間自車の速度計の指針によって双方の車両の等速が保たれたことを確認したうえ、速度計のストップボタンを押してその指針を固定させた。右速度計の指針は、八五キロメートル毎時を示していたので、佐藤らは、ここで始めて赤色警光燈をつけるとともにサイレンを鳴らして被告人車を追跡し、水戸大橋の勝田市側出口を通過した先でこれを停止させた。佐藤らは、被告人をパトカーの後部座席に乗車させ、右パトカーの速度計の指針が八五キロメートル毎時を示していることを確認させたうえ、荒井において、速度測定カードの速度計指針欄に右の測定結果を記入し、被告人に確認の押印をしてもらった。被告人車両の速度測定の状況については、右現場で荒井が、速度測定カードの裏面に双方車両の走行状況の概略をメモしておき、帰隊後に佐藤において、前記のとおりの状況を速度測定カードに記入した。以上のような事実が認められる。

2  弁護人は、本件の検挙に当たった警察官らが、覆面パトカーの赤色警光燈を点燈しないまま被告人車を追尾してその走行速度を測定したのは違法であると主張する。

ところで、消防用自動車、救急用自動車その他の政令で定める自動車で、当該緊急用務のため、政令で定めるところにより運転中のいわゆる緊急自動車については、それらの自動車に課せられた特殊な任務に鑑み、道交法上の様々な義務規定の適用が除外されており、特に同法二二条(最高速度)の規定に違反する車両等を取り締まる場合における緊急自動車については、同条の適用が除外されているが(同法四一条)、緊急自動車の具体的要件は、道交法施行令一四条に規定され、これによれば、消防用自動車、救急用自動車等を緊急用務のため運転するときは、道路運送車両法第三章及びこれに基く命令の規定等により設けられるサイレンを鳴らし、かつ、赤色の警光燈をつけなければならず、ただし、警察用自動車が道交法二二条に違反する車両等を取り締まる場合に、特に必要があると認められるときは、サイレンを鳴らすことを要しないとされている。従って、交通取締りに従事する警察用自動車が、速度違反車両を検挙するに当たり自らも最高速度を超えて走行する場合には、少くとも赤色警光燈を点燈しなければならず、この措置を怠っている自動車は、緊急自動車とはいえないから、その運転者である警察官自らも法二二条一項違反(最高速度違反)の適用を免れないものといわなければならない。本件において、被告人を検挙した警察官は、前記認定のとおり、被告人車の違反を現認してこれを追跡し、速度測定を終了するまでの間、覆面パトカーの赤色警光燈を点燈せず、しかもこの間指定最高速度を超える高速度で右覆面パトカーを運転走行したことが明らかであるから、同警察官には、道交法二二条一項に違反するところがあったものといわなければならない。

検察官は、「速度違反車両に対する取締りの方法としてはさしあたり、本件におけるような追尾式によるものが最も有効な方法とされているが、この方式は、警察車両が、被疑車両との間に等間隔を保ちながら、一定区間これを追尾して当該車両の速度を計測するものであるところ、この間赤色警光燈をつけて追尾するならば、直ちに被追尾者に察知されて、同人の違反事実を立証するに足りる確実な証拠を収集することが妨げられるのは自明の理であり、本件のような重大な交通事犯について、右のような結果を招来することは、到底容認することのできないことであったし、一方、本件覆面パトカーの運転者であった佐藤松雄は、当時既にこの種速度違反取締りに一三年間も従事してきた経験を有する熟練者であって、追尾に伴う交通の危険に対する配慮も、それに対処する能力も十分に備えていた者であるから、右警察官が、赤色警光燈をつけないまま被告人車を追尾し、同車と等速の八五キロメートル毎時で走行したのは、交通取締りに従事する警察官としてまことにやむを得ぬ必要性と合理性とによって支えられた運転行為であるというべく、仮にこれが道交法二二条一項違反に該るとしても、正当な職務行為として刑法三五条によりその違法性は阻却されるものと解すべきである」と主張する。

しかしながら、緊急自動車にサイレンの吹鳴、赤色警光燈の点燈が義務づけられているのは、緊急自動車には、道交法上数々の優遇的な特権が与えられ、その反面、一般車は緊急自動車に対する避譲義務が負わされている関係上、緊急自動車が緊急用務に従事中であることを外部に表示して、一般車の運転者らをしてこれを認識させ、もって緊急自動車の走行により生ずる道路交通上の危険をできる限り減殺し、交通の安全を図ろうとしたものと解されるが、交通取締りに従事する警察用自動車が速度違反を取り締まる場合も、緊急用務に従事中であることの外部的表示が必要なのは同様であって、当然のことながら、速度違反を検挙するに当たっては、警察車両自らも制限速度を超えて走行しなければならないので、かかる緊急自動車については特に道交法二二条の適用除外を受けさせるとともに、他方少くとも赤色警光燈を点燈すべきことを義務づけて、警察車両の高速走行によって生ずる危険性をできる限り回避しようとしたものと解される。なるほど、警察車両が赤色警光燈を点燈して違反車両を追尾するならば被追尾者に察知されて、減速されてしまい、違反事実を立証するための速度測定が困難になる場合のあることも予想されるが、そもそも、道交法施行令一四条但書が、速度違反を取り締まる場合において、特に必要があるときは、サイレンを鳴らすことを要しないと規定したのは、サイレンを吹鳴しながら追尾したのでは、直ちに違反者に察知されて取締りの実効を期し難いことを考慮したものと解されるが、その反面、同条但書において赤色警光燈の点燈義務まで解除しなかったのは、道路交通の安全確保のためには、警察車両が速度違反を取り締まる場合においても、少くとも赤色警光燈はこれを点燈すべきであり、これがために、多少検挙の実効性が害されるところがあったとしてもやむを得ないとの趣旨に出たものと解される。そうすると単に被疑車両の違反の程度が重大で、検挙の必要性が高く、他方赤色警光燈を点燈したのでは検挙の確実性を期し難いという事情があったからといって、これをもって赤色警光燈を点燈せずに追尾したことを正当化することはできないものというべきである。また、右のような法の趣旨からすると、警察車両の運転者が特殊な訓練を受けた熟練者であって、その高速走行によって生じた危険の程度は軽微であったというような個別的事情によっても、赤色警光燈の不点燈を正当化することはできないものといわなければならない。結局、本件覆面パトカーの警察官が被告人車を追尾するに当たり、赤色警光燈を点燈しなかったのは、違法であるというほかはない。

のみならず、本件覆面パトカーは、被告人車の速度測定のため、これと約二〇メートルの車間距離を保持したまま約二〇〇メートルの間これに追従走行したことは前記認定のとおりであるが、その際のパトカーの走行速度からすると、右パトカーは道交法に定められた必要な車間距離を保ったということができず、その運転者には、同法二六条の違反もあったものといわなければならない。そして、本件覆面パトカーが緊急自動車としての要件を欠いていたものである以上、法二六条違反についても、その違法性が阻却されるものと認むべき事情は存しないといわなければならない(もっとも、道交法二六条は、緊急自動車であっても、その適用は除外されていないが、速度違反の取締りに従事する緊急自動車たる警察用車両については、その任務遂行の必要上法二六条違反の違法性は阻却されるものと解すべき場合が多いと思われる。大阪高裁昭和五三年六月二〇日判決、判例時報九二六号一三三頁参照)。

3  弁護人は、本件速度測定カードは、警察官の違法行為によって得られた結果を記載したものであるから、その証拠能力は否定されるべきであると主張する。

なるほど、本件速度測定カード作成の過程において、検挙に当たった警察官自らも道交法違反を犯すという違法行為のあったことは前述したとおりであるが、警察官の違反の実質的な意味は、要するに赤色警光燈を点燈すべきであったのに、これを点燈しなかったという点にあり、被告人の道交法違反を検挙するのに警察官も等しく道交法違反を犯したとはいっても、両者の違反の実質的内容は根本的に異なるものといわなければならない。しかも、右警察官において赤色警光燈を点燈しなかったのは、被告人の運転方法が、危険度の高い悪質な違反と認められたし、なお現場の道路状況からすると、かかる場合には特に赤色警光燈を点燈せずに追尾することが許されると判断したことによるものであることが認められるが、警察部内では一般に、警察用車両が赤色警光燈を点燈しないで速度違反車両を追尾することは、重大事故に直結するような無謀運転を取り締まるなど特に必要がある場合においては、正当業務行為として許されるとの見解を採用していることが窺えるし、本件におけるとほぼ同一の事案について、赤色警光燈を点燈せずに覆面パトカーで追尾した警察官の行為を正当な職務行為であり、違法なものということはできないとした裁判例もある(水戸簡易裁判所昭和五七年一月二〇日判決)ことからすると、本件において前記警察官が赤色警光燈を点燈せずに追尾することが許されると誤認したのも、無理からぬ一面があったと考えられる(なお、警察用自動車が、緊急自動車としての要件を欠いたために道交法違反の適用を免れない場合であっても、個別的具体的事情のもとにおいて、刑法三五条ないし三七条により違法性の阻却される場合のあることは、一般論としては、当裁判所も、もとより否定するものではない。)。のみならず、本件違反を検挙した警察官に、赤色警光燈を点燈しなかった違法があるからといって、前認定のような経緯のもとに作成された本件速度測定カードの証拠価値自体には何らの変更を来すものでないことはもとより警察官の右違法行為によって被告人自身が何らかの不当な不利益を受けたというような事情も全くなかったことが関係各証拠により明白である。

以上のとおり、被告人の検挙に当たり捜査官に違法行為のあったことは否定することができないが、その違法というのは、要するに警察官が覆面パトカーにより被告人車を追尾して速度測定をするに際し、赤色警光燈をつけるべきであったのに、これをつけないことも許されると誤認した結果つけなかったというにすぎず、違法の程度は必ずしも重大なものであるとはいえないのみならず、赤色警光燈を点燈せずに追尾、測定したからといって、その結果を記載した本件速度測定カードの証拠価値自体には何らの変更を来すものではないことなどの事情からすると、違法収集証拠であるとして本件速度測定カードの証拠能力を否定するのは早計に過ぎるものというべく、右の証拠は、なお被告人の罪証に供することができるものと認めるのが相当である。

4  本件速度測定カードは、三項から成っており、その一項には、被告人車の速度測定の状況が記載され、二項には、右測定状況が略図をもって図示され、そして三項には、速度計を表わす図面の中に測定結果を示すメーター指針が図示されるとともに数値をもって記入され、更に同所に被告人の姓である「川島」の押印がなされているものである。右のうち、「川島」の押印部分は、非供述証拠であるから、関連性が認められれば証拠として用い得るものであるところ、前記のとおり、右押印部分は、被告人を検挙した警察官らが、被告人にパトカー備付けの速度計の指針を示すとともに、これを速度測定カードに記入して、右測定結果を被告人に確認させる意味で押捺してもらったものであることが認められるから、関連性についての立証は十分であるし、その余の部分については、被告人車の速度測定に当たった警察官らが、その五官の作用によって認識した内容を、認識した際の状況とともに記載したものであるから、その作成に至る経緯及び内容に照らし、右書面は全体として、刑事訴訟法三二一条三項の書面として取り扱うのが相当である。そして、その成立の真正については、《証拠省略》により証明十分であるから、本件速度測定カードは、同条項によりその証拠能力を肯定することができる。

三  交通取締用車両速度計検査表(謄本)について

《証拠省略》によると、茨城県警察本部に所属する交通取締用車両の速度計については、同警察本部警務部警務課整備工場において、定期的にその精度検査がなされているところ、本件検査表は、本件違反の検挙に当たった覆面パトカー(水戸三三さ二〇三六号)の速度計について、右整備工場の検査員である袴塚昭四郎が、交通機動隊所属の警察官吉岡賢一郎、同鈴木明立会のもとに、ローラー式高速試験機により四〇、五〇、七〇、一〇〇キロメートル毎時の各段階毎にその精度検査を実施し、その検査結果を吉岡において記録したものであること、なお、右検査員の袴塚は、自動車整備士の資格を有する茨城県警察本部技術吏員で、前記整備工場において、県警察本部に所属するすべて警察用車両の速度計につきその精度検査の職務に従事しているものであり、また、右吉岡は、その職務として、交通機動隊所属の交通取締用車両の速度計につき前記整備工場で行われる検査に常時立会し、その都度検査結果を検査表に記録していたものであることが認められる。してみると、本件検査表は、本件覆面パトカーの速度計につき専ら機械的になされた精度確認の検査結果を、立会警察官が、その連続的かつ規則的な職務の一環として記録したものであり、作成者の主観、作為を容れる余地は存しないことが明らかであるから、右書面は、刑事訴訟法三二三条三号にいう「特に信用すべき状況の下に作成された書面」であるということができる。

四  以上の次第で、本件速度測定カード並びに交通取締用車両速度計検査表(謄本)をいずれも証拠として採用することとし、主文のとおり決定する。

(裁判官 小圷眞史)

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